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インドを知るための50章(2)

前回の続きで、下の書籍の紹介です。

インドを知るための50章 エリア・スタディーズインドを知るための50章 エリア・スタディーズ
(2003/04/14)
重松 伸司三田 昌彦

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個人的に面白かったのは、「政治と経済政策の移り変わり」、「公衆衛生の課題」、「ベンガル湾世界」です。ちなみに、以下は基礎知識として覚えるためのメモです。

政治と経済政策の移り変わり(7、8、21章参照)
独立運動を展開し独立後に政党に転化したインド国民会議派(Indian National Congress)は、独立後から1960年代まで圧倒的な政治的優勢を占めます。しかし、その後輸入代替工業化政策の失敗により、1970年台から勢力を失い、ついに1989年の選挙以降は、連立政党を主にした多党政治へと変移していきます。変わって、勢力を拡大してきたのが、インド人民党(Bhāratīya Janatā Party)。

以上の結果として、多党化により地域を基盤とした政党が主になり、それに伴い分権化を推進せざるを得ない状況です。ネルーやその娘のインディラ・ガンディーといったカリスマによる中央集権的な政治は難しくなっているのでしょう。

以上のインドの国内政治の変遷に伴ってインド国民会議派はいくつかの政治カードを切ってきました。

1つ目が、1980年台にヒンドゥー教の政治への取り込みです。ただし、結果としてヒンドゥー主義を掲げるインド人民党の躍進につながったり、イスラム教徒を刺激しカシミール問題の顕在化にもつながることになります。

次に切ったカードは、政治の変化に伴う経済政策の変化につながります。

そのカードは、1991年の経済自由化の推進です。そもそも、インドは計画経済と輸入代替工業化政策の2本柱の経済政策でした。消費財よりも生産財への傾斜を謳ったマハラノビスモデル(マハラノビスは経済学者)、商業銀行の国有化(1969年)、外資規正法の制定(1973年)、などを経て、1985年には世界貿易額に占めるインド貿易額の割合が0.4%までに低下してしまいます。

1991年の湾岸戦争をきっかけとした、貿易不均衡の拡大と中東への出稼ぎ労働者の送金ストップによって、外貨準備高が2週間の輸入相当額にまで減ってしまいます。それをきっかけに、IMFの緊急融資を請うことに。

IMFの融資には、構造調整プログラムがくっついてますので、それによって国内産業の規制緩和(ライセンス制の廃止)、外資出資比率規制の緩和、関税引き下げという、ドラスティックな自由化を断行することになります。結果として、市場の非効率が改善されて、現在の成長に結びつくことに。

ちなみに、アジ研でインドの自動車産業と環境政策について書いたときに、司法積極主義やライセンス制の廃止については勉強しましたが、それを経済政策、政治の大きな流れの中で捉えなおすことができたのはよかったです。


公衆衛生の課題(42章参照)
聖なる河ガンジス川(ガンガーと現地では言うらしい)。その流域地域のヒンドゥスタン平原に全人口の50%以上が居住しています。

他国にも共通する、生活・工業用水の垂れ流しに加えて、宗教的な教義から、死体を川に流したり、川の水を飲んだりしていることが、公衆衛生の課題の解決を難しくしています。歴史的に、19世紀に「コレラの工場」と呼ばれていたほど公衆衛生は問題となってきました。

2001年に最高裁がデリー州政府に異例の命令で、ガンジス川支流の浄化を命じる。(インドでは、司法積極主義と言われるほど、司法は積極的です。)。

インド政府は、ガンガー行動計画(Ganga Action Plan)を立ち上げ、90億ルピー(100ルピー=2.13ドル.2008年11月10日現在)を投じます。

結果、1992年までに水質汚染指標であるBOD(生物化学的酸素要求量=ばっくと言って、「水中の酸素の量」。少ないと生物が呼吸できなくなる)は、7.2mg/liter(1970年代)から、1992年の4mg/literまで低下します。

対策として、政府は電気火葬装置を63基投入します。しかし電力不足などもあり操業していない所も少なくないそうです。工業廃水は、最高裁の規制がかけられていますが、宗教的な慣行から重視されている水葬や魂の浄化を、水質の浄化に切り替えるのは困難な問題となっているそうです。

ベンガル湾世界(44章参照)
インド亜大陸、バングラデシュ、マレー半島、インドネシアが囲むベンガル湾。それを取り巻いて、歴史的にベンガル湾世界が形成されてきました。

1880年代から1970年代まで、マドラス・プナン間、マドラス・クアラルンプール(の近くの港)間に定期便があった様に、その経済的・文化的交流は盛んでした。その都市ネットワークとしては、ペナン、シンガポール、カルカッタ、マドラス、コロンボが含まれています。現在もその経済規模は、大きいのではないかと予想します。

個人的な興味として、南シナ海経済圏や、環日本海経済圏、フランスが今年提唱した地中海連合など、海を基盤とした経済圏は面白そうです。クルーグマンがノーベル経済学賞を受賞しましたが、それも国際貿易と経済的な立地に関する研究(多分、空間経済学のこと)を基にしてた。ちなみに、空間経済とはこちらを参照

| 書籍紹介 | 09時40分 | comments:0|このエントリーを含むはてなブックマーク|trackbacks:0 | TOP↑















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