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ケニアで干ばつ

今ケニアで干ばつが起こっている。

ニューヨークタイムズ紙(NYT)より

『A Devastating Drought Sweeps Across Kenya』


『Lush Land Dries Up, Withering Kenya’s Hopes』
draught east africa


記事ではケニアの人々の生活が描かれている。死者がいるかどうかは、保健統計がしっかりしていないないので不明としつつも、生活に重大に影響が出ていることが描かれている。

一方で、大学でガンガンきいた冷房の中パソコンに向かって勉強をする自分。

「何か出来ることはないのか?」

「こんなことをしているよりも、今現地に行って何かやるべきではないか?」

自分がやろうとしていることと、今やっていることの間に存在するあまりに大きなギャップに戸惑いが生じる。

これはなんとももっともらしい「若気の正義感」なのか?

「今行っても何もできないだろ」

「今勉強して役に立つ人間になることの方が先だろ」

と言い聞かせることのできる、理性というか大人というか、平穏を保とうとする自分もいる。

それがいいのだろうか。分からない。そんな「理性」は悲しい。

そしてさらに悲しかったことは、日本のメディアだった。

グーグルのニュース検索で「ケニア」「干ばつ」というキーワードで検索をした。そうすると、地方紙47紙が運営するサイトとCNN日本版しか取り上げていなかった。

ちなみに、47Newsの見出しは、

『干ばつでケニアのカバ受難 半年で80頭超死ぬ』

kenya japan

ひょっとするとNYTはセンセーショナルな記事を書いているだけなのかもしれないけれど、この47Newsの記事を書いた人たちはNYTには目を通していないのだろうか。

もちろん、手放しに、NYTやアメリカのメディアが素晴らしいとは言えない。日本の鳩山新政権に対しても精緻な分析を欠くらしいし。⇒『JMM第425回 『アジア共同体実現の前提条件』とは? 』

でも、日本のメディアはネットにおいてまだまだ情報量というか、深い分析に基づいた情報発信力が圧倒的に足りないのではないか。


| 独り言 | 23時24分 | comments:4|このエントリーを含むはてなブックマーク|trackbacks:0 | TOP↑

私は高校のころから、「日本の新聞って誰でも書けるんじゃないの?」って思ってます。記者クラブへ行って出来上がった原稿もらって、ちょっと手を加えるだけ。不思議ですよね。日本では最高の学歴を持つ人間しかいないはずなのに。

| RO | 2009/09/10 07:55 | URL |

冷泉氏の分析は「プロ民主党」の観点から批判を書かれているだけで、ワシントンポストの記事は完結かつ的確にまとめてたと思います(英エコノミスト紙の特集の方が良いですが)。日本の政権交代に関心を持つのは、日本と取引があるビジネスマンか、外交・日本研究のニッチな分野の方々だけという印象が強いです。

新聞の購読者数を見れば日本の主要新聞はどちらかと言えば大衆紙や地方新聞しか読まないような層を多分に含んでいると考えるべきで、NYT等のクオリティペーパーとはそもそも土壌が違うという印象があります(読者層にうける記事を書くという点では)。マスコミへの批判という点では、ロールスロイスに乗るような富裕層が日産のティーダの質に不満を持つのと同じようなものだと思います。

後、ムラ意識が強いところだと「(客観的な)深い分析」みたいなものがリスペクトされない傾向がある気がします。「事情も知らないよそ者が」みたいな奴です(これが、自分の不手際を隠すエクスキューズになるんですよね)。NYT紙みたいなレベルの記事で商売することは日本では難しいんでしょうね。

| outernationjp | 2009/09/10 10:34 | URL |

roさん

記者の方の記事の書き方は知りませんでした。友人の話を聞く限りだと、社会とかだと取材をやっているみたいですねー。

| masah | 2009/09/12 17:21 | URL |

outernationjpさん

とても勉強になります。日米のメディアの違いは、購読者とそれに向けてどのような質の報道・論説をするのかということに表れているのですね。

コメントを頂いて他のサイトを拝見しましたが、質の高いメディアの存在は、日本が民主主義国家として成熟していくには必要ではないかと思います。もちろんそれが新聞である必要はありませんが、政治について客観的情報を伝える報道だけではなくて、深い分析に基づいた論説も展開されるべきではないかと思います。むしろ、ネットで簡単に情報を手に入れることができるようになった今、報道よりも論説に重きを置いた方がビジネスとして成功するのではないかとすら思います。

ただ、日本の購読者がそれを求めていないとなれば残念ですが、それは教育を通じて変えていくことが可能で、かつそれは日本国民の幸福のためにも必要ではないかと思います。客観的事実・知識のみならず、それに基づいて自分の立場は何かということを考えさせる教育、それが今の日本には必要なのではないかと思います。そうすることで、多様な意見を尊重できる真なる民主主義の根付いた社会に成熟していくのではないかと思います。

| masah | 2009/09/12 17:46 | URL |















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